みす☆りる 第二章《音》

第二章《音》




それにしても、ひどいな…これは詐欺レベルだぞ。

初授業は科目の印象を良くしてもらうために興味をもたれるような話をする、ってのはわかる。

だが、「火をつけますよ〜」ってんでマッチ擦ってもらっても困る。それは魔法じゃないだろ。

オレ――名乗っておくなら「なんでたーれ」だ――は今「練金」の授業を受けている。
「練金」は「変化」系の科目に入り、物質を他のものに作り変えるものだそうだ。
「火を点ける」ことは「物質を酸化させる」ことになるので、定義的には間違ってはいないのだが…

気に食わないのは、マッチに火が点いた時に教室中の女子達が歓声を上げたことだ。お前らマッチを知らんのか。

いくら最近使われなくなったとしてもこの年までマッチに触れたことがないことを想像すると落胆する。
やたらうれしそうな教師にも、だ。

「馬鹿馬鹿しいわね…」

ふとすぐ隣で声がした。

「『魔法学校』なんて聞いて呆れるわ…失敗だったかしらね」

おお。同じことを思っているやつは案外身近にいるものだ。

長い髪の女だ。大人しそうではあるが――近寄りがたいふいんき…というか変人な気がする。

教師は既に二箱目のマッチを取り出している。このままでは退屈そうであるし、話しかけてみようか。


お前、マッチを知っているのか?

「当たり前でしょ」


口調がややきつい。やはりどこかしら変人なのだろう。
普段なら、ここで一般人的思考を持ち出して会話を切るのだが、余程退屈だったため話を続ける。


魔法と言っておきながらマッチは詐欺に近いよな

「その通りね。私もそう思っていたところ」

他の科目もこんなもんなのかね

「さぁ?1回見てみないとわからないわ」

「まぁ…期待はできそうにないわね」

そうか…やはり早めに退学するべきかな?

「そうすれば?私はする気はないけど」

? それはどうして?

「あなたには関係ないことよ」


それきり口をつぐんでしまう。
確かに、本人にどちらの意思があったとしても、初授業で退学なんたらの話を振られると困ってしまうだろう。
少し無遠慮だったようだ。

今度はロウソクを取り出した教師をぼうっと眺める。
生徒のキラキラとした目が非常にうっとうしい。

「あなた、放課後ヒマ?」

いきなり話しかけて来た。

今日の放課後は部活の見学があったはずだ
魔法学校とはいえ部活はあるらしい。見学をして早々に入部しろ、とのことだろう。
どんな部活があるかを知らされていないのが若干不安ではあるが。

彼女にその旨を伝える。


部活の見学があるが。お前は行かないのか?

「だから、それに一緒に行くってことよ」


藪から棒に何を言っているんだこいつは。
一人より二人で見てまわった方が楽しいことはわかるが…こういう物言いに着いて行っていいのだろうか?

否、断るべきだろう。
こんな早くから、なめられた立場で学園生活を送りたくない。


一人で見学したい。すまないが、他を当たってくれ。
そう言おうとした時、

「今日の放課後、この教室から一緒に行くわよ。逃がさないからね」

う〜ん…変人だ。
何も言えずぽかんとしていると授業終了のチャイムが鳴った。
そそくさとアルコールランプを片付ける教師を尻目に、生徒は各々で散っていく。

長髪の女はすぐ後ろの女生徒と話しこんでいる。
こちらはツインテールに四角メガネの女だ。

3人目がどうのという話が聞こえたが、あの女とは話すのも煩わしくて放っておくことにした。

気が変わったら忘れるだろう。




――――――――――――――――――




「魔法を見せる」と言っておいてマッチ…中々面白い学校じゃないかしら

私――名前はtare――は今「練金」の授業を受けている。

確かこの学校の主要科目は2つの系統にわかれ、それぞれに2つずつ科目があるので主要だけで計4科目。

まとめておくと、
系統は「変化」系と「干渉」系。

「変化」系は、物質を変化させるといった意味で、砂糖を塩に変えるなどがこれに当たる。
科目は「創造」と「練金」だ。この二つの違いについては詳しく聞いていない。

「干渉」系は、物質に物理的な力を加えるといった意味で、簡単には衝撃を与える、応用すれば空を飛んだりすることが含まれる。
こちらは「瞬間干渉」と「断続干渉」にわかれる。恐らく字面通りの意味だろう。

……

退屈してきた。

マッチを見て楽しんでいる生徒達は――自分のようなお嬢様育ちなのだろう。
幸い、何かの弾みで私はマッチを知っている。どこで知ったかすら覚えていないけど。

教室中が歓声を上げている。
後ろのたれうろちゃんも楽しそうだ。
これで後になってマッチのことを知ったら残念がるわね。必ず教えてやろう。

そういえば隣の生徒はずっとむっつりしている。
きっとマッチを知っているのだろう。
ショートカットの子。真面目そうだけど、気難しそうでもあるわね。

退屈だし、釣ってみるかな。


馬鹿馬鹿しいわね…

「魔法学校」なんて聞いて呆れるわ…失敗だったかしらね


釣られるかはお楽しみってところね。

「お前、マッチを知っているのか?」

釣れたわね。


当たり前でしょ


一瞬、相手は会話を止める顔になったがすぐ続ける。


「魔法と言っておきながらマッチは詐欺に近いよな」

その通りね。私もそう思っていたところ

「他の科目もこんなもんなのかね」

さぁ?1回見てみないと分からないわね

まぁ…期待はできそうにないわね

「そうか…やはり早めに退学するべきかな?」

そうすれば?私はする気はないけど

「? それはどうして?」

あなたには関係ないことよ


思ったより会話が下手ね。あまり楽しくない。
根掘り葉掘り聞いてくる割に自分のことは話さないし。

向こうはしかめっ面で何か思案しているように見える。
こちらが一方的に突き放した原因でも探っているのだろう。
大して深い意味はなかったんだけど。

ふと見ると教師はロウソクに火を灯しているところだった。

どうしても授業を受ける気にならない。

そういえば放課後に部活見学があったわね。
確かたれうろちゃんと見に行く予定だったっけ?
アレはどんくさいから二人で周ると面倒になりそう。
お守り役が欲しいわね。

ちょうどいい。この子にしよう。


あなた、放課後ヒマ?


不意打ちだったかしらね。少し驚いた顔をしている。

何拍かおいて


「部活の見学があるが。お前は行かないのか?」

だから、それに一緒に行くってことよ


あぁ…ちょっと言い過ぎたかな?

ここから説得するのは面倒なのでこのまま押し切ってしまおう。


今日の放課後、この教室から一緒に行くわよ。逃がさないからね


何か言いかけていた口に向かって言い放つ。
本音も逃がすつもりはなかったしね。

それでも何か言おうと口を開けたり閉じたりしていたが、そのうちにチャイムが鳴った。

そのままじっとしているのも難だったので、後ろのたれうろちゃんと話す。

ショートカットの子が話しかけてくる様子はない。


3人目の子が見つかったわよ

「本当?やっぱりたくさんで行った方が楽しいよね!」


相変わらずひたすら無邪気だ。

とりあえず、例のことを伝えておこう。


そうそう、マッチって知ってる?

「まっち?なにそれ?」

木でできた小さい軸の先端に発火性の薬品をつけた物よ。分かりやすく言えば今先生が使ってた。

「えぇ!あれ魔法じゃなかったの!!」


ショートカットの子は既にいなくなっていた。

放課後は強制連行ね。忘れないようにしないと。


―――――

隣にはすまし顔のヤツと頭のねじが数本とんでいるような女。
部の宣伝の看板が競って並ぶ廊下を歩いているわけだが、この2人と一緒であることだけがどうにも解せない。

「お!そこのお嬢さん方!テニス部はどうだい!楽しいし、先輩もやさしいよ!」

「すみません;先に相手が決まってしまいました^^;またの機会に^^」

「そっかー…気が変わったら声かけてね!」

オレらの容姿も悪くないせいか勧誘の声が頻繁にかかってくる。
しかしちゃんとした返答をする余裕すらないほどオレは疲れてはてていた。

なぜなら―――

「屋外競技なんて願い下げね。知ってる?子供のころに受けた紫外線のダメージは、歳をとってもずーっと残るのよ!一生ものだわ」

「へぇ〜。tareちゃんって何でも知ってるんだね!すごーい!!」

「ところで、『しがいせん』ってなに?」

「…それはなんでたーれちゃんがよく知っていると思うわ。聞いてみたら?」

「本当?ねぇねぇなんでたーれちゃん!『しがいせん』ってなになに?」

「あぁ…えっと、紫外線はだな……」

これだ。

あのtareとか言うヤツは、この天然女――確かたれうろと言うはずだ――のことを全部押し付けてくる。

しかし無邪気な目で見つめられるとどうにも放っておけない。 うぅ…自分のお人好しさを呪うべきなのか…

元はといえばあの女だ。

なぜわざわざオレを呼んだのだろうか。

せめて理由くらい聞かせてもらっても良いだろう。

――おい、お前

「お前じゃないわ。tareよ」

――…おい、tare

「何よ」

――どうしてオレを誘ったんだ。

「あなたの方が付いて来たんでしょうが」

うぅ。あながち間違ってはいない。

例の授業の後の放課後、オレが一人で教室から出ようとすると当然のことながら呼び止められた。

「待ちなさい!」

誰が待つものか。無視して出ようとする。お前を待つ義理なぞ、これっぽちも――

「あなた、見学は複数人でって知らないの?」

Ω<な、なんだってー!?

驚いて振り向くと、勝ち誇ったような笑みを浮かべたtareがいた。

「ウソじゃないわよ?ここに書いてある」

そう言って一枚の紙をヒラヒラさせる。
本当だ。書いてある。

くそっ。オレとしたことが見落としていたとは。

途端に焦り始める。教室に目を走らせるも、もうすでに全員出払っていてもぬけの空だった。
今から誰かを追いかけて行って入れてもらうよう頼む、などということもオレにはいささか勇気の要る行為だった。

「で、どうするの?来るの?来ないの?行っておくと、私はもう一緒に行く子が1人いるから来てもらわなくてもいいんだけど?」

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